頭のなか

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ショートショート・ミステリー

「ふむ。君はどう思うかね、ワトソン君」
「私には、犯人は左利きの女性だということくらいしか、わかりませんよ」
「ふむ。左利きでないとおこなえないトリックなのは明白だね。しかし君、現場に女性もののピアスが落ちていたくらいで、決めつけるのはまだ早いんじゃないのかね」
「実は先ほど、現場にあったグラスに、かすかにサーモンピンクのリップグロスが付着しているのを捜査員が見つけました」
「ふむ、そうだったのか。微かに、ということは拭い取ろうとはしたんだろうから、女性説が濃厚になるね」
「しかし、怪しいとされるモモコさんにはアリバイがあります。もう1人の容疑者、サヤさんにはアリバイがありませんが、動機が弱いのではないでしょうか。たかだか被害者にネックレスを奪われたくらいで、殺人までしますかね」
「わからないよ。サヤさんは、そのネックレスはただの安物だと言っていたが、実際に店で買うには20万はくだらない品らしいじゃないか」
「そのことなんですが、ホームズさんはメルカリをご存知ですか」
「メルカリさん?新たな容疑者かね」
「違いますよ。言わばネット上でおこなわれるフリーマーケットですね。そのサイトの名前です。サヤさんが被害者に奪われたネックレスは、元々は被害者がメルカリで買い、サヤさんにプレゼントしたものらしいですよ」
「ふむ。つまり、店で買えば20万以上する品だが、メルカリだと…」
「5千円で買えたそうです。なんでも、サヤさんは貰ったネックレスに小さな傷があることに気づき、もしやと思いメルカリで検索したらしいです。ネックレスは古い型のもので、メルカリ上ではたくさん出品されていたようですよ」
「ふむふむ、なるほど。しかし、サヤさんが被害者を殺害する理由としては、確かに弱すぎるね。やぁ、困ったなぁ。怪しい人がいなくなってしまったぞ」
「ホームズさん」
「なんだね、ワトソン君」
「犯人は、あなたですね」
「……どういう意味かな」
「私が最初にあなたを怪しんだきっかけは、"ふむ"の回数です。"ふむ"というのは、推理中のあなたの口癖ですよね。今まで事件を2人でたくさん解決してきました。その最中に、私は面白がってあなたが"ふむ"と言う回数をひそかに数えていました。どの事件でも回数は大体同じでした、今回の事件を除いては。あなたは今回、1日平均48回も"ふむ"と言っていたんです。ご自分で気づきませんでしたか?あなたは明らかに、いつもの冷静さを欠いていた」
「……"ふむ"の回数、だと?」
「ええ。不審に思った私は、出来心で、あなたの腕時計にちょっとした仕掛けを施しました。捜査3日目以降、あなたの心拍数を毎日測ってみたんです。勝手にそんなことをして、怒りましたか?しかしホームズさんはよく言っていましたよね。『捜査のためなら、多少の機転は必要なのさ』と。私も機転を効かせただけです」
「……心拍数だと?気味が悪い、時計は外すぞ」
「そう、心拍数です。あなたは事件捜査中、明らかに心拍数が高まっていました。例えるなら、人がジェットコースターに乗った直後ほどの心拍数でした。日常生活でそこまで高くなる人は、なかなかいないでしょう」
「……」
「しかし、私も"ふむ"の回数と心拍数くらいで、あなたが犯人だと決めつけようというわけでは、もちろんありません。あなたを怪しんだ私は、独自に捜査を振り返ってみました。あなたは、モモコさんにアリバイがあると判明すると、それを崩そうと躍起になっていました。明らかにいつも以上に」
「……」
「それだけではありません。モモコさんが容疑から外れると、今度はサヤさんに矛先を向けました。サヤさんにはアリバイがなかったため、動機を無理やり決めつければ良いと考えたのでしょう。ネックレスを奪われたからだ、となかなかに苦しい動機をしつらえましたね。確かに、サヤさんは家計がひっ迫していました。20万で売り払えるネックレスがあるなら、それを売って生活費を抽出しようとするのも頷けます。しかし、実際にはそのネックレスは古い型のもので、メルカリ上では5千円で売買されている品です。売り払っても、大した足しにはなりません。たとえ被害者に奪われたとしても、元恋人同士の2人にとっては、過去の思い出の品。サヤさんは言っていましたよね。『あんなもの、あってもなくても変わらない』と」
「……君の言ってることは、あくまで状況証拠でしかないんじゃないのかね」
「確かに物的証拠が必要です。私が目をつけたのは、あなたの買い物履歴ですよ。私は捜査員にわけを話し、あなたのパソコンから消去されたデータの復元をしてもらいました。復元されたあなたの買い物履歴には、なんとサーモンピンクのリップグロスと、女性もののピアスが載っていました」
「……」
「ホームズさん、ここ数年間は、ずっと恋人がいないと言っておられましたよね。一体どなたにリップグロスとピアスを贈ったのですか?」
「……き、君の知らない、僕の知人の女性に贈ったんだよ」
「苦しい言い訳ですね。いいですか、あなたはご自身の対人関係に関する様々な雑用まで、私にやらせてきたんですよ?私の知らない女性など、本当にいるのですか?今ここで、そのお名前を伺ってもいいですよね」
「……な、名前は忘れた。偶然知り合った人なんだ!」
「可哀想なくらい、苦しい言い逃れですね。私は捜査員と共に、あなたの周りの女性関係を洗って、一人ひとりに聞いて回りましたよ。あなたから何かプレゼントされたか、と。yesと答えた人は、1人もいませんでした」
「だから、君らの捜査も及ばないくらいの人なんだよ!」
「そんな薄い関係の女性に、どうすればプレゼントをする展開になるのでしょう。それに、なぜあなたは買い物履歴の中から、わざわざリップグロスとピアスだけ消したのですか?今度は女装をしてみたかった、とでも言い訳しますか?それでも、なぜリップとピアスしか買わないのか説明いただきたいですが」
「……!」
「ちなみに、先ほど心拍数は腕時計で測っていると言いましたが、すみません、嘘です。本当はネクタイに仕込んでいます。私がホームズ犯人説を唱えている間、ずっとジェットコースターに乗っているほどの回数でしたね。なぜそれほど動揺なさっているんでしょう?」
ホームズはネクタイを乱暴に外し、膝をついた。これまで解決してきた数々の事件を鑑みると、彼の推理力は超人的だ。が、犯罪の遂行能力は、異常に低かったようである。